愚者の主張
「お、影山……ってお前もいんのかよ」「ひどくない?そこ逆じゃない?」
ふと目に入った真っ黒な姿をよくよく見れば学ランへエナメルバッグを携えた中学時代の後輩で、その向こう側から歩いてきたのは腐れ縁とも言える幼馴染だった。岩泉の視線に気付き、すぐさま頭を下げる影山に口を開いたのも束の間、相手の言葉を待つより先に及川が自分へ笑いかけてきては仕方がない。
見飽きたお前より久しぶりの後輩のが新鮮だ、と続ければ更に煩くなるのを見越して影山に視線を戻す。無視しないでよ!とやはり騒ぐのが鬱陶しい。
及川の会計が済むのを待ってコンビニから出るとまだ冷たい風が吹き付ける。歩きながらとはいえ長話は出来そうもない。寒い寒いと口にする一名を放置して自分は肉まんを、影山がカレーまんを頬張る間。ココアで暖を取る及川へ視線をやる後輩が岩泉に向き直って口を開いた。
「なんか、お疲れ様です」
その一言で察してしまえる自分の理解度が憎い。と同時に目の前の相手の肩を無性に優しく叩きたくなる。
「あー、影山、今度飯とか行くか」
どんな誘い方だと思いつつ、咄嗟に出た言葉がそれだった。脈絡のない岩泉の言葉を受けた影山は一度瞬いてすぐ頷いた。
「行きます」
「目の前でハブらないでよ!」
返事に被せる勢いで食って掛かってくる及川を思わず半目で見返す。開いたココアの缶を振れば悲惨なことになるのは白い制服である。
「影山、俺の番号とか知ってたか」
「北一の連絡網なら登録あります」
「おお、変わってねぇからそれな」
「だから無視しないで!」
今はアプリのが早かったりもするが長引かせると及川が面倒なので確認で済ませる。立ち止まるのが手間なのもあった。
「旧交あたためてんだろ、文句あんのか」
「目の前で二人だけの約束とか寂しいんだけど!」
「今度から見えないようにしてやるよ」
「二回目あんの?!」
語調が全部煩くなってきた幼馴染とは対称的に影山はカレーまんを咀嚼している。口にものが入ってれば喋らない行儀の良さも相まって殊更静かだ。
「影山と仲良くすんのにお前の許可いんのか」
「ないけど!ないけど俺の、」
言葉の途中で明らかに詰まった及川に畳み掛ける。
「俺の?なんだよ言えや、あ?」
「えっ、岩ちゃん怖い」
「言えねえのか」
つい詰問の形になってしまったが、この後輩との関係を思えば心配もよぎる。聞きたくもないことをべらべら語ってくる及川が言い淀んでそれでも告げてきたのは数ヵ月前だ。別にそんな宣言せずとも勝手にすればいいと切り捨てるには内情を感じ取れる立場すぎた。伝える自体が及川の甘えと信頼であるのも分かっている。だからこそ、軽口でも認められないのなら覚悟が足りないと言わざるを得ない。
「あの、岩泉さん」
そのくらいで、と助け船を出してきた影山はカレーまんを食べきっている。先輩同士の話を大人しく聞いていたのか食欲を優先したのか怪しいところだ。まあつつけばつつくほど頑なになる及川の性格は分かっているし、このくらいにしてやるかと考え直した矢先。
「……こ、」
恋人、と掠れるような呟きが落ちる。
見る間に真っ赤に染まっていく及川と瞬きの止まった影山。もちろん全員の歩みが停止した。
「俺のだから」
繰り返し、拗ねた子どものような声を零す及川の手を影山がそっと握る。
「及川さん、照れるとしばらく固まります」
「うるさい」
完全に薮蛇だった。高速で返す時点で固まってはいねえだろとか、このやり取りに慣れてるらしい影山の対応を見たくはなかったとか渦巻く後悔を抱えて岩泉は吐き出した。
「……犬も食わねえ」
2018/03/12