よろしゅうおあがり
財前光は気難しい。本人に言わせれば、そっちが適当すぎるとぐうの音と出ない反論がくるので謙也は黙るしかないのだが、それを差し引いてもというやつだ。友人の白石なんかは、お前ら足して割ったらちょうどええんちゃう?なんて笑ったものだけれど、それを聞いた財前が心底嫌そうな顔したのも忘れられない。
とにかく、調子に乗っただけ後のしっぺ返しを覚悟すべき相手といえる。前提をどうにかせえ、と脳内財前がツッコんだが謙也は振り払った。
つらつらと思考を回す理由は逃避であり、今まさに起こっている事実を受け入れるのに五分ほど掛かった。呼吸をしているのを自分で褒めたい。
慣れ親しんだ己の部屋、ベッドを背に座り込む寛ぎタイム。後輩の財前が遊びに来ることも珍しくなく、今日もそんな流れだった。買って知ったる様子で音楽を掛け始めてもいつものことだし、甘やかしが極限に達した謙也がお菓子まで机に並べる始末だ。
そこまでなら日常のひとコマ、だがしかし、いつも付かず離れずの距離を保つ財前が、隣からぺたりと凭れてきたのである。謙也の時計は停止した。
接触が全くない訳ではなかった、むしろ謙也からならグイグイいく。呆れたような視線を投げつつも拒否しない財前が折れるパターンが出来上がっていたともいえる。だからこそ、自然に凭れかかってくるバグに対処出来ない。
「ざ、財前」
「なんすか」
「近ない?」
やっとのことで絞り出した呼び掛けと問いは自分でもどうかと思ったが語彙がなかった。相手の方も向けず前を向いた言葉、そっと窺うように視線を動かせば静かに瞬く財前の瞼。淡々と答えが返る。
「嫌なら離れます」
「嫌ちゃう!めっちゃ嬉しい!」
語尾に被せる勢いは強い。ハッとして声を落としてしどろもどろに言い訳を繋ぐ。
「嬉しいけど、そわそわするやん……あかんやつやん……」
「なにが?」
「なにがて」
「あかんの?」
表情も変えずに疑問符を並べる財前が最後に口の端を上げて見つめてくる。肩口からの角度は絶妙に逃げ場を無くす兵器だ。ぐ、と喉の奥で唸って声が掠れた。
「あざとい……!」
「そういうの好きやろ」
「めっちゃすき……」
完全敗北。力なく片手で顔を覆う謙也を見て、くつくつ笑う声が届く。
「ちょろすぎですやん」
遊ばれている。遅まきながら気付いたとしても、どうしようもない。復帰できずにいる謙也の手の甲をつつく指がまた可愛い。
「この手どけてや」
キスできへん、と続いた誘いにベッドの縁で頭を打った。
2019/06/03