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最上級の愛をくらえ

「よし、結婚しよう」
「よしじゃないが」
 至極真面目な顔で見つめてくるものだから、またロクな思い付きじゃないと構えてみたら結果がこれだ。
 カリムの自室、ベッドの上で意味のない会話を繰り返す夜の時間は日課と言ってもいい。主のなんたらを持ち出すのも今更すぎて麻痺してきたが、ここが学園だからこその自由なのも事実だ。相手の部屋で寝転がりながら雑誌を広げたり携帯端末を触ったり、それぞれ好きに過ごす空間は同年代の友人ならよくある光景だろう。故郷でも当たり前にやっていた記憶はともかく、子どもじゃなくなれば許されるものも少なくなる。いわゆる猶予期間とも取れる数年の意味合いが明確に変わったのは最近の話だ。別に何もかもを受け入れる訳でもないが、ジャミルが好きにしていた方がカリムも喜ぶのだからそれでいい。カリムの唯一であるという事実は公私ともに満たされる。開き直ったからには全て手に入れていく算段だ。
 とはいえ、話はそう簡単でもない。様々な事情の絡む難題をどうするか、少しずつ組み立てていくつもりなのだ。
頭の中を高速で流れる思考を知りもせず、カリムは根拠のないことを快活に述べる。
「思い立ったら勢いのあるうちに行動しないとだろ」
「勢いだけで人生を決めるな」
「ええー」
 再度の指摘に漸く不満げな反応を見せると、少し尖らせた唇でなおも続ける。
「だってこういうのって、若いうちだけ出来るイベントの1つだって聞いたし」
「どこから仕入れた知識か事細かに説明しろ」
 聞き捨てならないにも程があった。誰だ、行動力の塊に物語のようなネタを仕込んだ奴は。あちこちで広く交流してくるカリムは見聞きしたことを思い出したように話題に出す。おかけで把握には困らないが、相手をする者の身になってみろと言いたい。そもそもが間違っていることこそ腹立たしい。
「だいたい、思い出で済まされるつもりはないね」
「えっ」
 吐き捨てた言葉を以外だとばかりに拾ったカリムの驚きの声。更に不機嫌さを上乗せし、声色が低くなる。
「なんだよ」
 一瞬たじろいた相手は、確かめるような速度でゆっくり言葉を紡ぐ。
「いや、その場限りのつもりはオレもないけど、ジャミルもそうなのか」
 頭が真っ白になった。
「聞くくせにプロポーズするな!!」
「返事聞いてないよな?!」

***

「あの時は、終わる前提で付き合ってると思ってるのかだとか、2人だけのイベントがしたいなら分かりやすく言えとか、問い詰めたいことが多すぎたな」
「めちゃくちゃ説教された記憶あるなー」
 のほほんと思い返すカリムを睨み付けつつ、一旦落ち着くのに努める。ただでさえ時間がない中の雑談で精神を消耗しては意味がない。ちなみに、説教の後で結局は2人だけの誓いを交わしたのはまた別の話とする。若さゆえのあれこれは思い出すのに気合いがいるからだ。
 あれから年月が過ぎ、学園を卒業して大人になった2人の生活は変わり、いよいよ明日をもってカリムが当主となる。お披露目を兼ねての式典は盛大に執り行われる予定だ。自分を盛大に巻き込んで。
 茨の谷から指名つきで「カリムが当主であるうちは外交を保障する」と通達があり、正式な書面が届いた。時を同じくして、夕焼けの草原に嘆きの島、今や一大ブランドとなったモストロ・ラウンジ名義でも祝辞やらお祝いキャンペーンだの一斉に動き出したのだ。全面的なバックアップを主張するそれは、裏を返せば「カリムに仇なせば敵に回る」という宣言だ。故郷での立ち位置は磐石に進めていたとはいえ、外部からの援護射撃が自分の知らないうちに完成していたなどと。
「実現するなら準備はしっかりした方がいいって話になってさ」
 どうやら、あの戯言の裏側で計画が立ち上がっており、驚くべきファインプレーで実を結んだらしい。団結力というより、祭に参加したレベルのノリだろう。カリムはいつもそうだ。面白そうだと思わせて仲間にするなんて本当にたちが悪い。後ろめたい隠し事なんかは苦手なくせに、必要な黙秘は得意なあたりがつくづく適正を感じる。対人の立ち回りは天性のものだ。
「サプライズは盛大なのが一番だから頑張ったぜ!」
「そのレベルで外堀を埋めるのは、もはや策謀の域だろ」
 突然すぎて言葉を失ったジャミルを見て、あの時と同じだ!なんて笑った顔がめちゃくちゃにしてやりたいくらい愛おしかったことなど教えてやらないし、それで隠されていたのをチャラにしてもいない。
「やっぱり怒ってるか?」
「やっぱりとか言うならやるなよ」
 もはや呆れを通り越してきた。婚約発表どころか結婚式と同義になってしまった催しの前日にする会話じゃない。ひっきりなしに人が訪れる執務室での小休憩は5分が限度だ。これを過ぎれば夕食までノンストップだろう。心配そうな顔をするのが癪なので、顎を掬い、掠めるようなキスを贈る。
「明日が終われば足腰立たなくしてやるからな」
 一生かけての仕返しを決めた。

2021/09/12

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