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 一度は失いかけた関係が恋仲という踏み込んだものに更新されて一ヶ月。日常に組み込まれたスキンシップは二人きりになれば更に密になる。ジャミルは切り替えが驚くほどスムーズで、人気がなくなるや否や顔寄せてキスを贈ってくれる。頬や目尻、額はもちろんのこと、唇を掠めるのだってお手のものだ。あまりにも自然と重なる唇に反応が遅れるのも致し方ない。何が起こったか瞬くカリムを見て口の端を上げるジャミルは意地悪だが、その顔がまた好きだった。腰へ回る手が脇腹をなぞるのにも落ち着かない。戯れるよう触れては離れ、いつもの顔に戻る相手がなんだかずるく思えてきた。お互いに経験は同等のはずなのに。
 それは、つい先日のこと。あまりに自然にこなすものだから、思わず問い掛けた内容は不機嫌のスイッチを入れた。
「お前にかかりきりで経験があるわけないだろ」
「えっ、ごめん」
 反射的に謝ったところ、更に眉間のシワが増し、詰め寄られてしまう。
「そもそもお前にしかその気にならないんだよ!今まで手を出されなかっただけ有り難く思え!」
 怒りに乗せて吐き出されたそれは、お互いの時間を確実に二秒ほど止めた。我に返ったジャミルが言葉にならない何かを喚き散らして部屋を去ったのを覚えている。翌日、いつもの様子で相対した際、蒸し返すことはさすがに出来なかった。
 そのような経緯があるため、手慣れているわけではなく単に器用なのだろう。カリムからしようとすれば鼻をぶつけたりしそうな気がする。だが、いつもされる側なのは任せっぱしで良くないのではとも思う。ジャミルより不器用なのは仕方ない、ならば練習あるのみだ。小さく気合いを入れて両手を握ったカリムはタイミングを窺うことにした。
「ジャミル、キスしたい」
「げっほ!」
 風呂も終えて、明日の用意を確認しながら過ごす夜のひととき。寝る直前まで部屋に居てくれるジャミルは大概キスをして自室に戻っていく。何度か一緒に寝るのをねだったりもしたのだが、無防備が過ぎると怒られた。とりあえずその場は引いておいたが、ゆくゆくは毎日一緒に寝たい。思考がずれていきそうなのを押し留め、忘れないうちに件の宣言をしたらジャミルがベッドの上で崩れ落ちた。寝転がってだらだらするのはいいのに、どうしていつも部屋に帰るのかと改めて思いつつ、キスに対する返事を待つ。
「おま、いきなり、いや悪くはないが」
 まとまらない悪態未満の呟きに瞬くうち、復活したらしい相手が顎へ指を伸ばしてくる。
「あ、そうじゃなくて」
「なんだよ」
 ねだっておいて止めるのか、と視線で睨む相手に首を振り、顎にかかる指を手ごと両手で包み込む。
「オレから、ジャミルにしたい」
「っ、」
 今度こそ真正面から告げれば、ジャミルの顔が引きつった。
「ダメか?」
「好きにしろ!!」
 見つめて問うのに被せてヤケクソのように叫ばれる。なんだか怒らせてしまった気もするが、させてくれるみたいだ。
 ギリギリまで顔を寄せ、変にぶつからないよう傾けて唇が触れる。される時はなんとなく瞑ってたけど目測が外れたら厳しそうだ。重ねてしまえば、いつものように――相手から受け取る感触を思い出しながら柔く食む。吸い返される力が嬉しくて応じればリップ音が鳴ってくすぐったい気持ちになる。何度か繰り返し、唇の柔らかさへ夢中になり始めたあたりで力が抜け、タイミング良く向こうから口付けが解かれた。
「ふ、…」
 きちんと鼻で呼吸をしていたはずなのにくらくらする。くたりと凭れ掛かるよう身を預けると優しい力で抱きとめて背中を撫でてくれた。頬が少し熱い。
「なんか、構えてキスすると恥ずかしいかもしれない」
 無意識でぽつりと呟いた言葉に、舌打ちが響いて腕の力が強くなる。
「自覚させるなバカ」
 耐えるような声が落ち、しばらく顔を上げさせて貰えなかった。

2020/09/13

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