いでにけり
「あっ、」俺が相手の姿を目に留めたのと炭治郎が声を上げたのは同じくらいだった。義勇さん、とそれはもう嬉しそうに駆けていくから見送る形になって、歩いて追い付けばハキハキと挨拶を畳みかけている。相変わらず押しの強い奴だなあ、でもまあこういうの好きなじいちゃんばあちゃん多いしなあって思うんだけど、話し掛けてるのは無表情極まりない水柱の人だから俺は正直怖い。
そうだよ柱だよ。何人か会ってはいるけどその中でもダントツに意味不明で、とにかく表情がない。虚無じゃん。なんで炭治郎そんなに全開でいけんの?同じ呼吸だから?いや、お世話になったとか聞いたことあるけどさあ、俺は接点ないからね。
ぽつぽつ返す言葉は考えて出てきてるものなんだろうな、と思うし穏やかな音してるから炭治郎の勢いにも引いてないんだよな。親密なのは良いとして、話し込むなら俺はお邪魔だし声かけて先に行った方がいいかなあ。禰豆子ちゃんの箱引き受けて蝶屋敷に戻るとか駄目かな、なんて考え始めたところでそれは起こった。
立っているだけだった水柱……冨岡さんが片手を持ち上げたわけ。そのまま炭治郎の頭に向かったから何かと思えば、ぽすんと掌が乗った。そして動かない。思わず瞬く炭治郎、やっぱり表情の無い冨岡さん。謎の間。
……撫でるの下手すぎかよ!!頑張れよ!ちょっとふわっと動かすだけでいいだろ!手を!!ほらみろ炭治郎もこれは何事だみたいな音させてんじゃんんんんんん!居たたまれない!
双方無言のまま長すぎる数秒のち、冨岡さんが思い出したように掌を持ち上げてもう一度優しく頭に触れた。そこでようやく炭治郎も意図を察して瞳と口を大きく開いた「成る程!」の顔。続けて、ふにゃりと相好を崩して照れたんだよね。……ってちょっと待って?!何これ何なのこれ、いきなり恥ずかしくなったんだけど!俺が!
あれか炭治郎って長男だ長男だ言うくらいだから兄貴分みたいなのに弱いな?!しかもどう考えても愛想の無い人からだもんね特別感あるよね!でも見せられる俺の身になって!見たくない、見たくないけど視界に入ってくる冨岡さんの口元が若干ほころんだんですけどおおおおお!おっかしいな微笑ましいはずなのに見ちゃいけないもん見た気分になってきたよ、お前らの空気のせいだよ!二人の世界作らないで!俺ここにいるから!!あっ、やっぱ気付かないでいいです、今のうちに立ち去るんで!
そっと息を潜めて後ずさったところで炭治郎が俺のこと思い出しやがって、また後で伺います!とか元気に別れたからいい加減にしてほしい。
2019/10/27