静謐な
遅れて開始された冨岡の柱稽古は様々な憶測が飛んだものの、辿り着いたのは炭治郎だけだった。よって、独占するような形となっており、もしも継子であったなら日常だったのかもしれないと頭の片隅で思う。水の呼吸を継ぐ立場にはなれなかったが、こうして直々に教えを乞うことが出来るのは幸運だ。実際、稽古中に思いを馳せる余裕などないのだけれど。冨岡邸から離れた場所というのがなんとも彼らしい。知っているから意気揚々と向かおうとして隠から地図を差し出された時は二度見した。
簡易の小屋で慣れた様子で米を炊く炭治郎を何やらしげしげと眺めてくる冨岡に渾名の雑談を振ったところ、真顔のまま複雑な匂いを向けられる。お前は、と一度口にして閉じてしまうから、首を傾げるしかないのだがおそらく、それでいいのかとか心配する言葉だと思う。冨岡は優しいので。
稽古の合間、座り込む炭治郎の傍らに冨岡も腰を下ろす。この距離が嬉しかった。喋らなくても心地よい空間は有り難く、それこそが相手に寄り添っている実感を得られる。
背の高い竹に遮られた光は途切れ途切れに降って辺りを照らす。冨岡の横顔に落ちる幾筋かを眺めながら改めて思う。
(整ったお顔だなあ……)
緊迫した場面でのやり取りが多かったのも有り、相手の表情をしっかり確認できたのは最近のことだ。冷たい印象を持たれがちだけれど、それは眉目秀麗である部分もきっと大きい。光と影の両方を纏った冨岡はいっそ神秘的でさえあった。
「どうした」
真剣に見つめすぎたようで、ついに相手から問いが飛ぶ。こちらを見返す視線に攻める意はなく、多少の居心地悪さも感じられて炭治郎はすぐさま謝った。
「すみません!お顔が綺麗だと思って」
頭の中を隠さず口にすれば、冨岡は固まり、やってしまったの気持ちが大きくなる。
(人によって何が褒め言葉か分からないもんなあ。義勇さん、言われる自体があんまり好きそうじゃないし)
どう言い換えれば良いものか考えあぐねた矢先、義勇が顔ごと、つい、と視線を逸らす。この反応を炭治郎は知っている。
「お前は、そういうことを真っ直ぐに言い過ぎる」
(照れてらっしゃる!!)
稲妻のような感覚が頭の中を走り、若干の混乱のまま炭治郎は浮かんだ気持ちを即座に述べた。
「義勇さんがかわいい」
「炭治郎」
嗜める呼び掛けは語尾に被り、片手で雑に顔を抑えられる。口を塞ごうとしたのかもしれないが、視界を半分だけ遮る指の隙間から見える冨岡が狼狽えているのが新鮮で胸が高鳴った。
「もっとお顔見せてください!」
「怒るぞ」
勢いに乗った炭治郎の好きです連呼に根を上げた相手はいよいよ実力行使で遮ったのたが、口付けの時点で罰にもならない。
2019/10/27
義炭ワンライ「木漏れ日」