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あなたと

 帰り道、商店街がいつもより騒がしいのを見てとった冨岡へ、炭治郎が心得た様子で声を上げる。
「わくわく市です!」
「わくわく市」
 アパート住まいの冨岡は知る由もなかったが、自治会先導で年に二回ほど小規模なセールが行われるらしい。祭りと表現するにはささやかなそれは、市(いち)と称して根付いているとか。駅沿いにぽつぽつと並ぶ屋台は子ども向けのヨーヨー掬いや綿菓子が見える。
 焼きそばにチョコバナナだのお決まりのメニューにそわそわし始めた相手が分かりやすい。
「炭治郎、」
 夕食前だ、と言いかけて止まる。育ち盛りの高校生にとって夕飯までの時間はとても長い。冨岡自身、その小腹を満たすために炭治郎のパン屋へ通っていたのだから説教の資格もなかった。一つだけだと念を押せば、顔が輝いて屋台へと駆ける。足を進めて追い付いたところ、手で個数を示して頼んでいた。
「すみません!チーズ乗せ、2つで!」
「あいよ」
 横から料金を払えば、あっ、と声が落ちるが聞こえない振りをして釣り銭を受け取る。おそらく後で代金を押し付けてくるだろうが流すつもりだ。
そういえば、チーズ乗せとは何かとメニューに思い至り、鉄板を見る。タレを塗った肉の焼ける匂い。ぐるりと一周巻かれた俵型のそれは間違いなく、おにぎりだった。
「肉巻きおにぎり」
 屋台の文字を思わず読み上げる。慣れた手つきで乗せられたスライスチーズが見る間に溶けて肉に絡む。透明なケースに手早く移され、輪ゴムで止めてビニール袋へ。割り箸二本を確かめた炭治郎がすぐ受け取って、いつの間にか後ろに並んだ列を避けて歩き出す。
 冷めては大変と自販機の温かいお茶を確保して公園のベンチへ座った。先に食べれば良いと言うのに、チーズが!冷めます!の言葉に押し切られてスーパーでもよく見る薄いプラスチックの容器をハサミで割って皿にした。キャップ付きの携帯タイプなど何故持ち歩いているのかと思ったが、備えあれば!と返されそうなのでやめた。
 とりあえず箸を伸ばしてみれば、思ったより綺麗に割れた。糸を引くチーズをくるりと絡めて、大きめの一口。薄すぎない肉が程よく解けて、タレの染み込んだ白米と合わさる。濃いだけになるかというところで溶けたチーズがマイルドに慣らし、ドリアのような後味だ。もちろん、肉と米だけでも簡易牛丼的な美味しさがあるが、チーズひとつで別料理だ。あっという間に箸を進めて平らげてしまうと、蓋を開けた小さなペットボトルが差し出される。夢中で食べた気恥ずかしさを覚えながら礼と共に受け取って飲む。洗い流すのが惜しい味は緑茶のあともほんのり残って、息をついた。にこにこと見守っていた炭治郎がそれは嬉しそうに口を開く。
「美味しかったでしょう」
「……ああ」
 答える間に同じく空になった元容器をビニール袋に戻し、きゅっと持ち手を結ぶ。
「こういうの、いいですね」
 穏やかに呟く相手へ視線を向ける。微笑んで受けた表情が一層柔らかく綻んだ。
「好きなものを分かち合えるってすごく幸せです」
 ベンチへ置いた手を伸ばし、指先で触れる。浮いた動きをなぞって絡ませて、握った。ビニール袋の影で、体温を得る。
「この先、いくらでも」
 機会を作る、の意を汲み取って寒さのせいだけでない赤色が更に増す。
「今度は、義勇さんの好きな屋台教えて下さい」

2019/11/10
義炭ワンライ「おにぎり」

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