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ごちそうさま

 使用頻度の低い教室、というものに憧れる時期がある。漫画の読みすぎだとか言われればそれまでだが、そこでサボったり放課後過ごしたりなんて妄想をするのは大体の人間が通る道だろうと我妻善逸は思っている。
 そんなわけで、昼食を食べたあとの気持ちよさのままふらふら訪れた人気のない教室で陽当たりの良い隅っこで寝こけた自分に罪はなかった。なかったはずなのだ。
 全く使われぬ教室はさすがになく、適度に掃除されているから埃っぽくもない。一時的な物置なのか積まれた机はたぶん最近で、見事に死角となって見つかりにくい。そのおかげで、善逸は息を殺す羽目になった。

「今日のおにぎりはシャケの混ぜご飯なんです」
「そうか」
(学校でイチャつくな身内のリア充やめろおおおおおおおお!!!!!)
 完全に眠気のぶっ飛んだ頭の中で叫ぶものの、そのまま口に出す勇気はないし野暮でもない。ただただ己の不運を呪うのみだ。
 普段から家の手伝いで忙しい炭治郎が冨岡とゆっくり出来る時間なんてたかが知れているし、毎日顔を合わせても他人行儀がデフォなんて生殺しだろう。ここにいるのが二人の関係を知っている自分で良かったという安堵の気持ちと、もう少し頑張れ危機意識を持て俺がいることに気付けの気持ちでせめぎ合う。
 炭治郎は昔、前世に比べて匂いで察する範囲が狭まった。それは平和だからかもしれないし、気を張る必要がないからなのかもしれない。まあ本気を出せばかなり鋭いのだが、冨岡とふわふわしている今はおそらく気付かない。気付かないでほしい。今更辛い。
 思考している間にも甘ったるいランチタイムは進んでおり、善逸は帰りたい。
 曰く、好物のタラの芽を天ぷらにしようとしたものの、揚げ物はさすがに大人がついていないと危険だからとかそういう話らしい。竈門家は母親一人の子沢山家族だから、あまり目の離せないことをしづらいのだと思う。
 そして冨岡からそわつく気配。これはあれだ、それなら自分がついていればとかそういうやつだ。
(えっ、おかしくない? 竈門家に行くつもり? 常連なのは知ってますけど? そんな入り込んでんの? マジで??)
 混乱して思わず耳をすませば炭治郎がそれはもう朗らかに告げた。
「そしたら母さんがノンフライヤーを買ってくれたんです!」
(そっちいくーーーーーー?!?! そわそわを聞いちゃった俺が辛いんだけど!! どうなんのこれ!)
「本当に揚げ物になってるんですよ! 今度作って持っていきますね!」
(既にそのレベルかよ! 悪かったよ!!)
 冨岡の浮かれた音はここに繋がるとわかってのものだったら今すぐ消えたい。しかしイチャイチャタイムは留まるところを知らなかった。
「でもちゃんとしたコロッケとか作りたいんで、卒業したら頑張りますね!」
(それ何の宣言?! 伴侶なの??)
 最早ツッコミ切れない善逸を置いて、冨岡がさらりとのたまう。
「俺がついていればいいんじゃないか」
「あっ、それもそうですね。盲点でした!」
「今度調べておく」
(調べておくってなんだよ、揚げ物の基本とかかよ、会話のキャッチボールをしろチクショーーーー!!!)
 脳内の叫びなのに喉が枯れたような錯覚で水分が恋しい。生真面目な二人は予鈴より早く席を立つはずだから早く戻ってほしい。扉が開いて閉まる音を遠くに聞きながら項垂れる、疲れ果てた善逸。
 そのまま午後の授業をサボったのは言うまでもない。

2019/09/23

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