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認識と自覚

 水柱邸の夕食は本日も静かなひとときであった。これは炭治郎のみが到達して二人だったこと、そして冨岡が食事中は常に加えて寡黙だと察した弟弟子による自然な対応の結果だ。当初こそ窺うような態度だったが、怒るでもなくそうしているだけと伝えれば、あっさりその時間を享受した。沈黙に気まずさを乗せない相手は得難いものだと改めて思う。
 炭治郎が調理から配膳まで率先して引き受けようとするので、気づけば出来上がるのを待つ流れになりかけた。二人ぶんですからこのくらい、と笑う相手だが、稽古人数が増えてもやりたがるだろう。片付けは有無を言わさず冨岡が行うも、今度は二人でやれば早いと言い出したので、それは作るのも同じことだと諭して現在に至る。よって、稽古とは逆に炭治郎主導での夕食の支度が一日の締めになりつつあった。
 互いに手を合わせてから箸を取り、視界の違和感に一つ瞬く。主菜と副菜の並ぶ膳に小鉢がひとつ増えていた。冨岡の視線が止まったのに気付いた炭治郎が待ってましたとばかりに言葉を発する。
「あ、それは蕎麦がきです」
「そばがき」
 思わず繰り返せば、人懐こい顔が笑みの形にほころんだ。
「義勇さん、早食いも楽しそうだったのでお好きなのかと」
「いや、楽しくは」
 反射で答えかけて言葉が宙に浮く。では何故あの勝負を受けたのかと問われれば勢いとしか表しようもないが、不快ならば断っていた。朗らかに「また明日!」で別れようとする炭治郎へ「治るまで来るな」と間髪入れず返し、己の言葉で驚く間もなく喜ばれた。満面の笑みを受けて動かしかけた手はその場で握り、未だ目的を持って触れた覚えはない。
 嗜好に没頭しかけた脳が箸の感触を思い出して一呼吸。冨岡を見つめて止まる炭治郎がこのままでは食べ始めない。
「冷めるぞ」
 一声落とせば、元気な返事と共に沈黙が戻った。戸惑いの方が大きかったはずであるのに、胸元がほのかにあたたかい。
 箸を置いた後、あの日の衝動を繰り返してもいいだろうか。
 頭を撫でる、ただそれだけのことがしたい。

2019/10/05

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