すきです!
聞き返すには躊躇う程のよく通る声だった。冨岡は瞬きも忘れて相手を見つめ返す。逸らされない瞳は澄んでいる。脳内で巻き起こった混乱をおさめる間もじっと待つ炭治郎は決して急かしたりしない。やがてゆっくりと口を開いた。
「……お前の」
「はい」
「今までの行動で嫌っていると判断はしないが」
「あ、そうなりましたか」
確認するような言葉を遮りもせず、受け止めた態度は至極軽い。うーん、と考える素振りで首を傾げたのち、閃いた様子で表情が明るくなった。これは良くない、この弟弟子はかなり突発的にやらかしてくるのだ。分析が警鐘を鳴らすも混乱を引きずった冨岡は構えが遅れる。
「えいっ」
小さな気合いと共に飛び込んでくる相手が両手を腰にしっかり回した。抱き付かれたと認識するまで一拍のずれがあったのはどうしようもない。完全に固まる冨岡を置いて、腕の位置を微調整する力が感覚で伝わる。肩口付近の頭がそっと持ち上がり窺うような視線が覗く。密着すれば聞こえるに決まっている鼓動がやけに速い。
「つ、伝わりました?」
僅か頬を染めて見上げる炭治郎に今度こそ頭が真っ白になり足元が疎かになった冨岡は転倒、無意識で抱き締めて守ったのは反射行動である。勿論、己の頭も打っていない。
謝罪を喚く声が遠い、至近距離で叫ぶなと伝えればまた謝られた。回された腕が下敷きになっていないか確認すると抱き締め返した時に力が緩んだらしく、冨岡から包み込む体勢になっていた。解せない。何故に自分の屋敷で、畳の上でこんなことになったのだろう。
「あ、そうだ」
まだ何かあるのか、そう声にするのも些か億劫になりつつあるところへ追い討ちが掛かる。
「お慕いしています!」
言い方を変えろとは言っていない。
「わかった」
噛み締めるように口にすれば、ようやく相手の猛攻が止まる。
「それは、さすがに、わかった」
繰り返す意味をこそ理解して欲しいが、もはや言語でどうにか出来る余裕は冨岡にはなかった。片手で目元を覆い隠し、吐き出すように告げたがしかし、相手はめげない。むしろ更に前向きにしてしまったようだ。
「義勇さん、顔見せてください。義勇さーん」
「断る」
もう片方の手で後頭部から胸元へ押し付ける。ふごふごとまだ何か言いたげな炭治郎の動く頭を見やり、衝動のままに唇を寄せれば静かになった。
互いに顔は見えないものの、相手の耳は赤く染まったので意趣返しに満足する。
「顔を上げれば口にするからな」
2019/10/06
義炭ワンライ「見つめ合う」