こひぞつもりて
微睡みの心地よさに身を任せ、意識が浮上しては落ちる寸前で留まる。幾度か繰り返したあたりで触れる体温へ意識が移った。頭を撫でられているのだと思い、しかし相手は誰なのか。うっすら開けた視界で捉えて一気に覚醒した。「起こしたか」
「はっ?!えっ、あれ?」
起きてすぐ目に入るのが冨岡の秀麗な顔だったもので混乱した。飛び起きかけて身体の重さにまた疑問を持ち、即座に把握する。
「いきなり動くな」
「はい……」
宙に浮いた冨岡の手が再度、炭治郎の頭に落ちる。不器用な撫で方はこれでも随分と慣れた方だ。手を乗せるだけで止まった時は何事だと停止したのも懐かしい。
ここは冨岡の屋敷で、更に主の部屋だ。そこで布団におさまっていれば何がどうもない。普段ひとつに結わえられている相手の髪がほどけた様子など、寝しな以外に何で見るのか。無防備を晒して貰える立場だというのが嬉しくて堪らない。そして、跳ね起きるに至らなかった理由は昨夜にある。後悔と心配の匂いを嗅ぎとって謝られる前に声を張り上げた。
「俺が欲しいといったので!」
冨岡が目を見開き、炭治郎は遅れて羞恥に染まる。離せやめろと嗜めるのを遮って、いやだいやだを押し通して腰へ絡めた足を解かなかった。耐えきれず欲を注いだ冨岡の、眉を寄せる表情がどれほど胸をついたか。情事でなるたけ正面からを請うのは、彼の変化を眺めたいからだ。
「ある程度は処理をしたが」
言葉を濁す相手に意識が現在に戻る。
動こうとすると怠いだけではない違和感、つまりは身体の奥に残ったものがあるのだ。
支えられて起き上がれば、風呂を沸かしてあるとのこと。誘われて辿り着くまで炭治郎は深く考えなかった。やはり寝惚けていたのだ。
***
「自分でやります!」
「のぼせたらどうする」
柱に与えられた屋敷の風呂は、随分と豪勢な作りだった。檜で作られた湯船は大人が並んで浸かっても足が伸ばせる広さで、一般家庭とは訳が違う。甘露寺と雑談した際に聞いた話によれば、お館様が疲れが取れるよう整えてくださったらしい。初めて見た時はそれは感動したものだが、今日はその気遣いが追い詰めてきた。
布団では清めるのに限界がある、それはわかる。ならば風呂場でやればいい、それも同意だ。湯船の中で掻き出してやると言われて頷けない。睦み合う間は熱に浮かされている、少々はしたないと思っても勢いでいけた。正気の頭で行うにはあんまりな提案である。だがしかし、炭治郎が頑固なら冨岡も頑なだ。しまいには不安を募らせた匂いまでさせて、これだった。
「俺に触れられるのは嫌か」
「滅相もない!」
だったらこうなってません!と当たり前すぎる回答を続ける前に寝巻きを剥ぎ取られて連行されたので、義勇さんずるいと恨み節を放つ。
「触るぞ」
都度の宣言は優しさだと心得てはいるが、構えてしまうことも期待が滲むことも落ち着いた頭では厳しいものがある。湯船の縁へ捕まって膝立ちになり、後ろから覆い被さる相手が支えながら会陰へ向かって指を伸ばす。人差し指だと分かってしまう身体の慣れがまた恥ずかしい。そっと撫でる先から入り込む仕草、広げられた箇所から湯が流れ、はく、と喉が鳴った。
「辛いか」
すぐさま問う声に頭を振り、安堵する息が近くで落ちる。冨岡からは愛しさと案じる匂いばかりが届いて溺れそうになるし、実際感覚がそちらに引きずられて余計乱れてしまう。いつもは蕩けた頭で誤魔化している仔細が再現されて羞恥で逃げたしたい。しかし葛藤は現実に抗えず、ゆっくりと窺うよう中を進んでゆく指が湯を絡めて探るのだ。程よくぬるい温度が流れて、擬似的な再現だと錯覚する。まさにいま掻き出そうとしている奥にある残滓、昨夜の冨岡の欲が吐き出された時を反芻してしまう。瞬間では済まずに、中へ叩き付け注ぎ込む。逃げる力もない身体を抱え、終わるまで決して離さなかった。ただ炭治郎の名だけを呼び、求める時間は永遠に感じられた。記憶と現在の感覚がない混ぜになって、指が進むたび身体に熱が宿る。
「ぁ、……あ」
「もうすぐ届く、少し耐えろ」
湯船の縁へ縋るしかない炭治郎がついに声を上げると、急いた声音と気遣いの匂い。そうじゃないんです義勇さん、言えるものなら口にしている。いま音を紡げば嬌声にしかならないと分かるからこそ抑えるのに必死だ。
指の探る感触と湯の流れが同時に襲う。幾度出入りしたのかなど数えていられない、相手の長く整った、修練を重ねて刀を握る為の指が己の内を掻き分けて解しているなどと。
「あ、っぁ、あ、」
「炭治郎」
嗜めるのではなく慈しむ音、いつの間にか増えた本数は容赦なく中を拡げて湯を浴びせてくれた。何度も何度も、冨岡に穿たれた箇所を洗い流す。欲の本流を受け止める錯覚と共に。頬を快楽の涙が伝う頃、ようやく指が出ていって労るよう抱き締められた。
「ぎ、ゆう、さ、」
「よく耐えたな」
耐えられてなんていなかった。愛撫以上の刺激は行為と変わらず、翻弄された身体は正直に昂って熱しかない。昨夜あれだけ、もう出ないと思った自身が膨らんでいるのに泣きたくなる。冨岡の手が優しく前へと触れた。
「抜いてやる」
心得た様子で握り込む力を感じ、咄嗟に止める。
「だ、めです!」
戸惑う気配。湯船の縁から片手を外すと探るように相手の腰へ掌を当てる。息を飲むのを確かに聞いた。
「手じゃ、俺も、駄目だから。義勇さんの、」
なかに。と呟けば抱き締める力が強まった。耳元で吐き出される息のくすぐったささえ今はびりびりと肌を震わせる。
「意味がない」
ここまでの、だとか言いたいのはさすがに伝わった。その通りだ、全くもって反論の余地もないのだが、相手の熱だって随分と前から感じてしまっていた。処理だと己に言い聞かせたのは炭治郎一人じゃない。ここは風呂場で、双方茹だってしまう恐れもある。それでも、と我が儘を言うのは。
「二人でいるのに、俺がもらえないのは嫌です」
「っ、」
本当に我欲としか表しようのない、冨岡にしか湧き上がらないものだ。傍にいるのに処理で済ますのはなんだかとても悔しかった。至極複雑な感情の匂いが立ちのぼり、ふいに湯船の縁から引き剥がされる。
「え」
完全に油断していた炭治郎は抱えられる態勢のまま、押し当たる熱に息を止める。あ、と思う間もなく散々解された箇所へ先端が埋まり、飲み込むのに合わせて湯船に沈んだ。
「あぁあああっ、」
待ち望んだ質量が自重によって深く埋まる。湯が流れ込み熱がぐちゅりと押し込むのを奥で受け止め頭が白く染まった。達したかもしれないがよく分からない、抱き寄せる腕の力をぼんやりと感じる。座る冨岡の足の間、繋がったまま身を凭れていれば耳を食まれた。常は飾りで塞がれた孔を相手の舌先が舐めては吐息で囁く。
「ここではあまり突いてやれない」
「ひゃ、う、」
「お前がいいだけ揺さぶる」
「っあ!」
待って欲しい、などと言えなかった。望んだのは自分で、冨岡が応えてくれて、渾身の愛情で揺らされてしまえばもう喘ぐしかない。
「あ、ぁ、ぎゆ、さ、あつい、かた、」
「お前を求めている、当然だ」
「かたい、あっ、あ!おくっ、おく」
「いつも良いと鳴くところだ」
わかるか。掠れた声音は煽りでないからこそ苛んでくる。胸に伸ばされた指が尖りを摘めば更に中を締めて、好きだろう、と愛撫で示される。宵のうちに舌で泣くまでなぶられたそこは赤く膨れて、吸われて達したのも初めてではない。両の指で粒を転がすように押されて目がちかちかした。途切れぬ快感は意味のある言葉など出せなくなったし、乱れる様を心底いとおしそうに冨岡が支えた。
「あっ、ぎゆう、さ、おれ、おれっ」
「好きなだけ感じろ、中には出さない」
安心させるよう言い聞かせてくる、そこではないと返せもしない。相手だって興奮のただ中のはずなのに、欲にまみれた匂いへ慈しみを乗せられては抗えない。達したすぐで弱いとこばかり、指では届かない慣らされてしまった箇所。冨岡の欲望を己が包んでいることが気持ちよくて仕方がない。湯ごと中を掻き回されてはその湯に吐き出す。とうにおかしくなっていた。
「あぁあぁっ、こんな、こんなに」
「炭治郎、」
「たすけ、たすけてくださ、」
「わかった」
最後だと示すよう腰を掴む力が入り、深く抉り擦り付けられて炭治郎は一際大きく喘いだのち果てた。
***
気を失わなかったのが逆に辛い。宣言通り、抜いてから熱を放った冨岡はぐったりした炭治郎を伴って部屋まで戻ってきた。備えていた水を飲むよう促され、布団へ落ち着いてしばし。思考の戻ってきた炭治郎は潜り込んで顔を隠したい気持ちを抑えて粛々と呟いた。
「はしたなくてすみません……」
「なぜ謝る」
不思議そうな冨岡に他意などなく、ますます縮こまる様子で顔を伏せようとしたところへ覗き込んでくる。
「お前へ向ける愛しさに限りはない」
「ひぇ、」
「困るか」
「大好きです!」
かち合う相手の視線が揺らぐ前に返答した。
腹を据えたら伝えることを厭わない、というより聞かれたら答えるを繰り返すうちに炭治郎へは全てつまびらかにすると決めたのだろう。それに対して言い淀むのは失礼だ。
のぼせるのは回避したのに結局真っ赤になった顔を押さえていたら、頭へ触れるのは優しい手。消耗した体力からの眠気が緩やかに訪れる。
「傍にいるから休め」
限りない安堵を携えて、瞼を閉じた。
2019/11/4