乗算の程度
Before
日付の意味が分からないとボケるにはさすがに無理がある。バレンタインに対する影山飛雄の感想はそのレベルだった。
高校生活三年間を部活で埋め尽くせば付いてくるのはそれなりの声援というもの。
差し入れやら呼び出しやらを素のテンションで対応すれば、逆に盛り上がる女子もいた。
影山とて本気の気持ちには誠意を持って頭を下げたし、そのことが広まれば以下略。
そんなこんなで大学生となった今、構えることなどないと思って、いたのだ。
「や、及川さんのが多いですよね」
「当たり前だろ、お前より少なくてたまるか」
及川によって選別されたチョコが机に並ぶ。
カード類はさすがに読まない理性はあれど、率直に表現して機嫌が悪い。
「別に貰ってくるなとは言わないけど」
ぶすくれた顔は言ってるも同然だ。
そしてそれが無茶だと彼は分かっている。
及川は影山が好意を寄せられることに対して非常に心が狭い。
思い返せば付き合い始めた当初のバレンタインにて、それこそ鬼のようなチェックが入ったのだ。曰く、手作りには気をつけろ。既製品なら食べていいから、と仕分けされたチョコに首を傾げつつ逆らうのは諦めた。
言いつけを守り、遠距離恋愛中もイベントごとは極力穏やかに過ごすよう努めた影山である。突っぱねろとは一度も言われなかった。好意を無為に蹴るより余程いい、ただでさえお前は顔が怖いんだから、といった感じだ。
理由としては単に、久々にリアルタイムで傍に居られるこの手のイベントで目の当たりにするのが気分が悪いとかそういうことだろう。影山だって及川のモテ具合に思うところはあるのだし、お互い様だ。
そしてそんな及川を無駄につつくと後が怖い。よって大人しく当たり障りのない返事をしつつ見守るしかなかった。
「俺はね、こういうのに踊らされたくないタイプなの」
「はあ」
「本場ではカードとか花とか洒落た感じでもさあ、日本じゃお菓子の独壇場でしょ?まあもはやカップル的にはプレゼントの口実みたくなってるけど」
「そうですね」
相槌がないと怒るので意味が分からないなりに声だけは出す。
幾らか愚痴愚痴と零すうちにおさまってきたのか、大きな溜息がひとつ落ちる。
「これ」
不機嫌な顔のまま差し出された紙袋は無地の深緑。
及川が贔屓にしているブランドのものだったような記憶がある。
そういえば帰ってきてから机に置きっぱなしで戦利品のひとつかと思っていたが、彼が消えもの以外をバレンタインで受け取るはずがないのだ。
紙袋を見つめたまま動かない影山に痺れを切らし、ぐい、と目前に押し出してくる。
「お前、手袋はするのにマフラーしないとか防寒が中途半端なんだよ!ありがたく受け取りな!」
反射的に受け取ると同時に中身を示されて目を見開く。
あとこれおまけね!とラッピングもない板チョコを投げつけられ、影山は事態をようやく理解した。
「ありがとう、ございます」
「別に。見てて寒かっただけだし」
反応が追いつかずなんとか口にした礼に噛み付く態度は照れ隠し以外の何でもなく、口元が緩む。
「及川さんのチョコから食べますね」
「減点」
なおもダメ出しを重ねる相手は拗ねた様子で、頬へ手を伸ばしてくる。
「そこは一緒に食べるの」
2018/03/14