trick for you!
from 炭治郎
扉を開けるなり元気よく唱えてきた炭治郎へ向き合いつつ後ろ手で鍵を閉めた。ここは玄関だ。加えて言えば教師冨岡のアパートであり、思い切りはしゃぐならせめてリビングにしろという主張が脳内を駆ける。そもそも合鍵を渡して権利を与えている時点でアウトも何もないのだが、そのあたりの感覚はとうに麻痺していた。さしあたって冨岡の意識は目の前の期待に満ちた炭治郎へ向けられ、学校でおとなしくしたのはこの為かと納得する。友人を嗜める側になりやすい相手はノリも悪くなく、それこそイベントごとであれば断らないのだ。着慣れたジャージのポケットを探り、取り出した手を向けるのに合わせて炭治郎の両手が動く。掌を上にした条件反射は冨岡に対しての素で、よくもまあ自然に懐いたと今更の感慨を覚える。落としてみせたのは何の変哲もない飴だ。しかも喉飴なあたり、同僚の煩い声と渋い顔が浮かんだが人から貰った横流しではなく私物の証明ともいえた。
黄色い包装に大きな英文字が目立つそれを受け取った炭治郎が瞬く。次いでの眉下げは不満よりも寂しさといったていに見え、冨岡が瞬き返す。無言のやり取りから一拍、再度視線を上げてくる炭治郎。水色のエプロンがあつらえたように似合っており、パン屋の店番とは違った家庭的要素がイベントの悪ノリと些か噛み合わない。寂しさを瞳へ乗せたまま、相手が口を開く。
「いたずら、してみたかったです」
「は、」
分かりやすく残念な声音を受け、疑問に合わせて息が漏れた。なんだそれは。
「……すればいいんじゃないか」
感想とも同意とも言えぬ答えを得て炭治郎の顔がぱあっと輝く。そこまで喜ばれると複雑というか、何をされるのか。構えようにも承諾した手前、棒立ちから動けずにいる冨岡へ、飴をエプロンのポケットへ大事にしまった炭治郎は躊躇いなく両腕を伸ばす。肩に掛かる力と引き寄せる勢い、背伸びした相手の唇が柔らかく頬に触れた。温かさが遅れて伝わり、己の混乱を自覚する。
「えへへ、ありがとうございます」
真正面からなのに頬なのかとか、悪戯にありがとうもあるものかと数々の指摘が頭を回るけれど、そんなことより何より湧き上がる衝動がひとつ。
「かわいい」
え、と落ちた戸惑いを吐息ごと飲み込んで口付けた。深くなるのも玄関だという現実も最早問題ない。鍵をかけた己の判断を評価しながら冨岡は腰に片手を回した。