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trick for you!

from 冨岡

 それが冨岡の発した言葉だと理解するのに少しの間を必要とする炭治郎だった。
 トリック・オア・トリート。ここまで似合わない人物も表情も珍しい。理由の大半は相手が生活指導の教師であるから、そしてそれを差し引いてもこのような悪ノリには眉をしかめこそすれ参加することはほとんどない。全く、とは表現しないのは意外と付き合いが良い――炭治郎には甘いおかげだが、まさかハロウィンに乗ってくる予想はなかった。
 お帰りなさい、と出迎えた玄関。既に日常と化しつつあるこの流れは冨岡の根負けで炭治郎の大勝利の結果だ。最初は葛藤に苛まれる節もあったものの、今では満更でもない空気を纏うのだから愛しさも募る。そこで開口一番が例の文言だった為、笑顔のまま停止したのだ。固まった炭治郎へ冨岡からの不安の匂いが流れてきて慌ててエプロンのポケットを探る。家事をしようと身に付けた際、鞄から転がり出た飴を拾ってそのまま入れたのだ。イベントにかこつけてじゃれ合う友人らに配った残りだが、あとでどうにかしようと思っていてちょうど良かった。
「義勇さん、」
 呼び掛けて握った片手を伸ばせば受けとる体勢になってくれるので優しい。掌へ落ちた白い包装は両端が捻れており、キャンディとイメージすれば浮かぶ形そのものだ。苺の柄と三角の中身がファンシーさを更に際立たせ、冨岡の手の内にあるというのが尚更愉快だった。思わず口許を緩める炭治郎とは対照的に、冨岡は唇をへの字に曲げる。明らかな不満顔だ、表情が乏しいと評されやすい相手は存外子どもっぽいところがあった。
「どうしましたか、義勇さん」
 繰り返し名を呼べば、逡巡の間――機嫌を損ねながら理由を問うまで言わないのは冨岡の悪癖である――から低く呟く声が落ちる。
「悪戯を」
「したかったんですか」
 最後まで告げずに音を止めるのにも慣れた様子で炭治郎が続けると無言の同意。頷くことさえしないのは甘えが過ぎるが突っ込まなかった。
 それは悪いことをしたなあ、などと考えてしまうくらいには冨岡にベタ甘だからである。
「ええと、じゃあどうぞ」
 何が、じゃあ、なのか。自分でも思いつつノリで両手を広げてみせると見開く目。片手に飴を握ったままで段差のぶん、いつもより縮まった身長差で顔が寄る。頬へ口付けが当たってから相手側に抱き込まれたのに気付く。
「特に内容を考えていなかった」
 耳元で囁く言葉は照れも何もなく素だったので、脱力と共に襲いくる一連の流れへの感情を抱き返す腕へと込めた。
「かわいいの、どうしてくれるんですか」
 義勇さんが、の主語を抜いたせいでおそらく伝わってはいない。しかし抱き付くだけでは到底おさまらぬ衝動があったので自分から唇を押し付けた。

2019/10/31 診断メーカー「今日の二人はなにしてる?」から。

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